私ごとですが、60を超えてきますと、どうしても残りの人生をどう生きるかといことを考えるようになります。

今まで生きてきた時間より、これから生きていく時間のほうが短い訳ですからね。

このようなことを書きますと、現在、健康面での不安があるような印象を持たれてしまいそうですね。

お陰様でオステオカルシンサプリメントLIFEの精神で過ごしている最近では、大人になってからの人生の中で一番といっていいほど体も心も元気です。

健康関係の仕事をさせていただくようになり、以前よりも命というものを生物学的にも哲学的にも深く考えるようになりました。

まず、生物学的な面から命を考えますと、高等生物の命は絶えず生殖と同時にあるようです。多くの高等生物にとっての命は、生殖が終わると命の目的が終わることが多いようです。

そういう意味では、高等生物の中では人間だけが例外的な存在と言えそうです。人間は、生殖期間が終わってからも肉体的に長い年月生きていきます。そう考えますと、肉体的な命ではなく、哲学的な内なる命の意味を考えてしまいます。そうして、さらに哲学的な命の存在に向き合あっていくことになるのです。

若いときは、とにかくがむしゃらに生きてきました。がむしゃらに生きていれば、その先に美しい答えがあると漠然と信じていたからです。

しかし、それで内なる命が極まったかと申しますと、正直、不完全燃焼に終わったというのが実感です。62歳の肉体的な命が、内なる命の不完全燃焼部分を燃やすチャンスを再度与えてくれたと解釈しております。

そこで、残りの人生は「やわらかく内なる命を燃やす」ということをテーマに生きていこうと思っております。

そのテーマに基づき「社会や周りに感謝する」「社会や周りのためになることを行う」「自分の好きなことを行う」「自分が得意なことに集中する」「自分の心に正直に生きる」と、いうことを心掛けて生きていきたいと思います。このようなことを、先に結果を求めるのではなく、何に、どのような気持ちで取り組むのかという過程の方に重心を置いて行動していきたいと考えております。

がむしゃら世代の自分は、一生懸命働いて所有するものを増やししていくことが幸せに繋がっていくものと信じて生きてきました。そういう考え方をしてきたのも、子供の頃の経験が大きく関係しているように思います。

子供の頃のわが家の幸せの一面は、新しい電化製品と共にありました。父が電気技師で、電化製品が大好きだったことがそういう流れを作ったと思います。

小学校低学年の頃、いきなり電気洗濯機がわが家に来ました。その時の母の嬉しそうな顔は今でも覚えております。電気洗濯機が来たことで母の洗濯労働が改善されたのは当然ですが、さらに予想外なことも起こりました。

近所のお母さんたちが「洗濯機を貸してください。」と連日のように訪れるようになったのです。当時はどの家庭も子供が多くて、洗濯物が多かったのです。

今では考えられないのですが、近所で一番初めに電気洗濯機を買ったことで、その電気洗濯機はわが家だけではなく、地域の電気洗濯機になってしまったのです。確かに近所のお母さんたちの出入りが多くなったことと、お礼の言葉が飛び交う光景が子供心に誇らしかったような気がします。わが家は、近所の中で一番小さな家でしたので子供心に引け目を感じていたのですが、この出来事でそのようなことは吹っ飛んでしまいました。

次にやってきたのは、怪しいカラーテレビでした。

本体は白黒テレビなのですが、画面の前にカラーのフィルターのような画面を被せたものでした。被せた画面の色は固定されているので、顔の色がグリーンになったり、黄色になったりしていました。

当然のことですが、当時の私はこれをカラーテレビだと思っていました。後に本物のカラーテレビを見て、「ウチのテレビは怪しいカラーテレビだった。」と悟ったのでした。

この怪しいカラーテレビは、近所の子供たちのわが家への出入りを増加させる原因となりました。その頃の人気番組と言えば、毎週金曜日の夜8時からのプロレス中継でした。内容は、ジャイアント馬場が外国人悪役レスラーに反則などで痛めつけられながらも、最後は16文キックと水平空手チョップで勝利するというのが定番でした。

その定番のプロレスをワクワクしながら見ていたことが思い出されます。プロレス中継が終わっても、なかなか帰らない子供たちに母が苦労していたことも思い出されます。

その後も父の電気製品購入は続きました。しかし、この電気製品たちによって我が家及び私は、近所から一目置かれるようになったのです。このような経験から、電気製品という物が幸せを運んで来ることの象徴になったのだと思います。そのときの笑顔が幸せの形だと思いました。

そして、私は、物を買うことが幸せであるという概念を定着させて大人になっていきました。

社会人になって物を他人よりも多く所有するための手段として、当然のように競争というものが入り込んできました。他人との競争に勝つための行動が正しいことであると思い込んでいきました。猪突猛進で進む自分だけにスポットライトを当てて、一喜一憂していたように思います。その中で、他の人の気持ちをどのように、どれだけ考えていたのかと聞かれると、疑問符を付けざるを得ません。

後々気付かされるのですが、物質欲の怖さは、常に新しい物、より良い物を追求するループに入ってしまうことでした。

結局、「幸せの顔をした短期的な興奮」しか得られなかったように思います。

遅いよと言われそうですが、最近になってようやく幸せは物では会得できないと実感できるようになったのです。

今の私は、幸せとは「自分への肯定感」と「他者に対する感謝」と「他者からの感謝」と「自然に対する感謝」によって、形作られているような気がしています。

この歳になってようやく、周りの人や周囲環境が幸せにならないと自分も幸せになれないという事に気付きました。それは、森の木が周りの草や木や土や昆虫や動物と関わり合っていることで、健全さを保っていることと類似しています。人も森の木と同じように、周りの人や社会の調和の中でしか幸せになれないように思います。

今まで幸せと言いますと、荘厳で艶やかなものをイメージして生きてきましたが、本当の幸せは地味でありながら常に側を離れないものだと思うようになりました。幸せは地味で身近にあるために、なかなか気付かなかったのかもしれません。正に、灯台下暗しです。

これからは、表題の「やわらかく内なる命を燃やす」の精神で、穏やかで、熱く、強く、信念を持って、正義を意識して、穏やかなじい様になっていこうと思います。

さらに、オステオカルシンサプリメントを通じて、社会の皆様の健康に寄与できるように更なる開発に努力していく所存です。 今まで生きてきた「内なる命の不完全燃焼部分」を、残りの人生で燃やしていきたいと思います。

しかし、父親から引き継いだいい加減さは、自分らしさで人生のハンドルの遊びの部分として残しておきたいと思います。