「もったいない」それぞれの立場

「もったいない」という言葉は日本特有の言葉のようで、英語には全く同じ意味にあたる言葉はないと聞いています。

20年前ぐらいでしょうか。アフリカの女性の方が「もったいない」運動をされているとしてテレビで拝見したことがありました。

その頃、私は農業や食品物流関係の仕事をしていましたので「もったいない」という言葉に関して、業者側の立場で「気持ちはわかるけど、今の物流システムから考えれば仕方がないことだからなぁ。」という諦めの気持を持っていたことを覚えています。

農業の現場に於いては、出荷できない農作物は廃棄処分になると聞いております。出荷できない農作物とは、サイズが不揃いだったり、虫食いがあったり、いびつな形のものです。味も栄養分も出荷される作物と何も変わりません。調理をしてしまえば分かりませんし、胃の中に入ってしまえば更にわからないものです。要は栄養分という内容は、出荷されている農作物と全く同じものなのです。

物流システム的に仕方がないと思いましたのも、作物を流通させるためには均一な箱に入れる必要があったためです。均一な箱に入れないと、物流のトラックにきっちり積み上げて大量搬送できないからです。

スーパー等の店頭に並べても、不揃いな物や虫食いがあるものやいびつな形の作物はあまり売れません。お客様はお金を出して購入されるわけですから、見た目のきれいなものを選ばれます。当然といえば当然なことです。

このような理由で、大量の食べられる農作物が廃棄されているのです。

以前、出荷できない農作物の廃棄作業の現場に立ち会ったことがありますが、何かやるせない気持ちになりました。

当時、取引先の食品工場やスーパーに安価で流通させることを提案しましたが、現場としては手間の掛かることは極力避けたいということで実現しませんでした。「もったいない」の理想と現実の差を思い知らされた経験でした。

大きな「もったいない」は、食品物流倉庫やスーパーの賞味期限切れによる廃棄でした。賞味期限は、守らなければならない法律ですから仕方のないことです。

しかし当時の私の目には、加工品などはどう見ても問題なく食べられるように見えましたので「もったいない」と思っていました。

現在ではフードバンクというボランティア活動をされている方々が、そのような食材を必要な方々のところに無償で供給されていることを知りました。

十年前には農作物の「もったいない」に関しても提案だけで何もできなかった私に対して、実際に行動を起こされ継続されている方々には深く尊敬すると同時に感謝の気持ちでいっぱいです。実行や継続することの困難さは、想像以上のことがあるからです。

捨てられるものが困っている方々のお役に立てるということは、環境や人道の二重の面でありがたいことだと思います。

実は、この「もったいない」がオステオカルシンサプリメント開発に繋がった一因でもあります。

当時の私は微生物による有機物分解に没頭しておりまして、実に様々な廃棄物の案件に遭遇していました。そのいずれもが、微生物によって分解して肥料として土に戻したいというご要望でした。

畜糞や集落排水汚泥のように、微生物によって分解しなければ処理できないものもありましたが、多くの食品廃棄物は再利用の可能性を秘めたものでした。

この数多くの食品廃棄物処理の中で、一つの矛盾に遭遇しました。

ミカンの皮と種の廃棄を聞いて

果物を食べるとき、皮をむいて種を取って食べます。何の問題もありませんし、私もその当時以前は疑問さえ持たないことでした。

ある時、ミカンジュース工場で大量のミカンの皮と種の廃棄物の相談を受けたときに、その工場の担当の方が漏らした言葉が衝撃的でした。

「果物は皮と種に大事な栄養分があるんです。だって、そうでしょ。皮は果物自体を外敵の菌や虫から守るための成分があるんですよ。ポリフェノールなども豊富に含まれているんです。そして種は、子孫を残すための栄養分がギッシリ詰まっているんですよ。それを捨てるのは栄養的要素から見れば「もったいない」と思うんです。」という内容の話でした。

それは、ミカンだけではなく、柿やスイカやブドウなど他の果物にも共通だということでした。

この話を聞いて、捨てるものにこそ有用な栄養分があるということを、初めて知りました。

その後、撮骨ガラリサイクルに取り組むようになった私に、この時の言葉が蘇ってきたのは必然的なことでした。

豚骨ガラ、つまり骨の中にも当然、有用成分があるだろうと想像しました。

それから、連日、骨のことを調べていくうちにBONEという骨のことだけを取り扱う専門的な学術雑誌に出会い、オステオカルシンの存在と有用性を知ることになったのです。

そして、数年後に九州大学のオステオカルシンの経口投与による効果を示された論文に出会うことになるのです。

今、思い返してみれば、ミカンの皮の処理で担当の方からあの貴重なお話を聞いていなければ、豚骨ガラリサイクルを始めたときにオステオカルシンに気付いていなかったかもしれません。お陰様でオステオカルシンの存在に気付くことができ、オステオカルシン研究をされている平田先生と出会うことができました。

多くの方々のご協力を得ながらオステオカルシン抽出の研究を続けさせていただくうちに、「社会や人類のお役に立たせていただきたい」と常々申しております現社長の協力と、現所長の理解も得ることができ、オステオカルシンサプリメントの製造に辿り着くことができました。

何か、見えない力に導かれていたとしか思えません。

このような経験から、「大事なものは見えない。」「また見えないところにある。」という想いが私の心に刻み込まれたのです。 「もったいない」にオステオカルシン開発のキッカケを与えていただきました。そして今、オステオカルシン研究開発は私の使命になりました。