今の私の趣味は、釣りと一人キャンプです。なぜ好きなのかと申しますと、自分と向き合う静かな環境と時間がそこにあるからです。

夕方から車を出して途中のコンビニで食料を買い、目的の釣り場へ向かいます。

釣り場に着くのは夜の9時くらいですが、その日は明日の朝に向けての釣りの仕掛けの準備や本を読んだりしながらホットコーヒーを飲みながら満天の星を見上げたりしてシンとした夜の静けさと共に過ごします。

肩の力を抜いてミニテントに横たわっていると、自分の内側との会話が、静かに始まります。会話と言っても通常の会話のようなものではなく、気づきを与えてくれたり、通常頭にないことを思い出させてくれたりすることです。

例えば、両親のことや・田舎の友達のことや、お世話になった人のことや、自分の夢などをじっくりと自然に抱かれながら素直な自分に戻って回想する感じです。その個々のテーマは、いつも自然と自分の内側から気づきという形で出てくるのです。

それにより第三者的な自分が現れるような感じになり、自分で自分を励ましたり注意したり、今起こっている出来事の見方を変えてくれたりします。

他人からのアドバイスもありがたいのですが、時には何か素直に受け取れない部分があったりします。しかし、自分の内からのアドバイスは、自分が全て包み込まれている感じで素直に受け取ることができるのです。

以前の私は朝起きて、テレビを見ながら朝食をとり、渋滞の中を車で会社に出かけて、夕方に家に戻り、またテレビを見ながら夕食を取り、その後も何となくテレビやネットを見て、12時くらいに眠くなったら眠るという生活を送っていました。

毎日毎日外部情報を受け入れるだけで、自分と向き合うことすら忘れていました。

情報をたくさん入れることが時代についていっていると勘違いしていて、それをどのように解釈して行動するのかまでは考えていませんでした。

それは、あくまでも一般的な情報であり、特に自分が行動する必要もないと考えるからでした。

しかし、自分との会話に於いてもたらされた情報は、小さなものですが自分に密着していて、自分を思ってくれている情報で、自分が行動できることでもあります。

最近特に想うのは、情報はその内容を解釈し、行動することが大事だということです。

聞くだけで行動しないのであれば、自分も周りも何も変わらないということが実感できたことです。

例えば、内なる自分から。以前、誰かから恩を受けていて、何もお返しをしていないという情報が得られたら、とにかく恩を返す行動を起こすことが重要です。それが正解なのかどうかは、あまり関係ありません。とにかく行動することが重要なのです。

行動することで、何か温かい充実感が心に蓄積されていくような感じがします。

このようなことを続けていくと、自分の心との一致関係が感じられて、どんどん素直に物事に対処できる自分が作られるような気がします。

今は頻繁に釣りやミニキャンプに行けないので、静かな早朝に軽い瞑想を通じて、自分に向き合うようにしています。テレビの視聴時間も短くして、自分の時間を増やすように心がけています。

皆さんも自分の中には自分を一番愛してくれて、俯瞰的に状況を分析して自分に向いたアドバイスをくれる内なる自分がいるということを信じて、静かな環境の中で内なる自分と会話してみませんか。

詩を書いてみました。

「大いなるもの」

日が差せば、光になり

風が吹けば、風になり

雨が降れば、雨になり

花が咲けば、香りになる

私はいつも、大いなるものと一緒です

今となっては、オステオカルシンの研究にこれまで諦めずにやってこれたのも、内なる自分の声を信じてきたからだと思えてきます。