妻のお陰で濃い味から薄味へ

妻の実家は、熊本県山鹿市に近い山間の小さな町にあります。妻は山育ちということで、当たり前のことですが海育ちの私と違う景色を観て私と違う食べ物で育ちました。

基本的に海育ちの私は塩辛いものが好きで、いかの塩辛やアジやアゴの干物や塩サバはご飯との相性も抜群ですので大好きでした。

つくだ煮もよく食べました。小魚や昆布を醤油と砂糖で甘辛く味付けたものですが、これもご飯の友としていつも私の実家の食卓にありました。

若い頃、仕事で出張に行った時のホテルの朝食は、塩辛い鮭をよく食べていたことが思い出されます。

その塩辛いもの好きの私が福岡に来てご飯の最高の友、辛子明太子に出会いました。

若い頃の私は、塩辛いものとごはんが元気の元でした。

しかし現在、健康に携わる仕事をしている私の食生活は、数回の入院や食事に関しての勉強によって大きく変わりました。その内容は、別のブログで書いている通りです。

このような私に対し妻は薄味主義です。別に健康に気をつけてそうなったわけではなく、義母の野菜中心の薄味料理で育てられたのがその主な原因です。

海の食材は塩漬けにしないと日持ちしないこともあり、保存食の多くが塩辛いものが多かったのですが、山の食材はそのままでも日持ちするものが多いので、塩辛いものが少ないような気がします。

以前妻に「味が濃かったら素材の味が分からないじゃない。」とよく言われました。そんな妻の料理を長年食べている今の私は、基本的に薄味が好きになりました。

おかずを薄味にしてご飯の量も減ったことで、カロリーコントロールができるようになったと思います。今ではタケノコやシイタケが大好きになりました。タケノコは、毎年タケノコ掘りに出かけて採ってくるのが恒例になっています。行動的な妻には感謝です。

感謝の心から生まれたオステオカルシンサプリメント

前置きがながくなりましたが、今日は私が「追いかけなくても寄ってくる幸せ」という想いを持つようになった経緯を、体験を含めて書かせていただきたいと思います。

さて、過去を振り返りますと、私は幸せになるためにはとりあえず目標を手に入れることが必要だと考えて、物理的な考えだけで目標を追いかけ続けていたように思います。俗に言うモーレツ仕事人間です。

結果として私が得たものは、目標に近づくと必ずと言っていいほどトラブルが発生し、そのトラブルを処理しているうちに目標が遠ざかっているということの繰り返しだったような気がします。朝から晩まで働いているのに、どうして目標に近づかないのか、どうして幸せになれないのかと神様に愚痴をいったこともあります。

この目標とは、オステオカルシンサプリメント開発のことです。

この状況下で次第にトラブルの方が拡大していって、とうとうオステオカルシンサプリメント開発を中断せざるを得なくなったのです。開発の中断という大きな壁に当たった私は、毎日もがき続けました。

そのような中、自分の人生や家族に対しての懺悔の意味を含めて始めたのが道徳の勉強でした。正直、半信半疑で始めた道徳の勉強でしたが、意外なことに毎日と言っていいほど新しい気付きを与えてくれました。そして、大きな勘違いしたまま生きてきたことに気付かされるのです。道徳を勉強するようになって、基本的に最初にそれをやらなければ、何も変わらないということが理解できたのです。

それとは、根本的なことで「私自身の人格の向上」でした。

具体的には、心に他者尊厳の想いを根付かせることです。率直に言って、以前の私には、他者への感謝の気持ちが足りなかったと思います。特に仕事に関してはそうでした。自分が一番分かっているのだから、自分が計画して自分が指示することで目標に近づけると考えておりました。そのような考えですから、人からの助言を軽んじていたように思えます。ドン・キホーテにように自分だけが戦っていて自分だけが大変なんだという想いが強くなり、そこに疲れ果て周りへの思いやりに回す気持ちがなくなっていったように思います。

そこで自分を変えようと決心して、単純なことを徹底しておこないました。

その単純なことは、相手に「ありがとう」と笑顔で言うことです。そして感謝することです。

また「おはようございます」、「こんんちは」、「お疲れ様です」、「お世話になっています」、と心から挨拶をすることです。

そうしていくうちに、相手を敬い、思いやりのある言葉を発することの大切さに気付きました。そして、私の周囲が変わってきました。協力をしていただける方が現れて、サプリメント化を実現することができました。更にオステオカルシンサプリメントの輪が広がっていきました。

この経験により、最初に自分自身の人格を高め、他の人を敬いながら行動することが大切だということを勉強させていただきました。

オステオカルシン開発も再スタートしたこともあり、久々に妻の実家に帰省しました。義母は、疲れがとれるようにとゆず湯を沸かしてくれました。早速、お風呂場に入ると、湯舟にゆずが不規則にプカプカ浮いていました。

少しお湯の量が少なかったのと、お湯の温度がぬるかったので、熱いお湯の出る蛇口を開きました。その蛇口から出る熱いお湯が、何となく私の想いのような気がして意識を向けていると、蛇口から出た熱いお湯は一旦深く沈み込み、浴槽の下を通って対面の私の背中のあたりに浮いてきました。この山深い夕暮れの神聖な雰囲気によるものでしょうか、浴槽のお湯が私の心で、蛇口から出る熱いお湯が私の心を巡る想いのように感じさせました。

蛇口の熱いお湯を出し続けている内に、不規則にプカプカ浮いていたゆずが、じわじわと想いを出し続ける蛇口に近づいていきました。それは、熱いお湯に見える想いが、たくさんのゆずに見える幸せを引き寄せているように思えました。

目的や幸せは自分が追いかけなくても、感謝の心を持って一途に頑張り続ければ向こうから近づいて来てくれることを、ゆず湯が見せてくれたような気がします。 充分に体も心も温まり熱いお湯の出る蛇口を止めようとすると、蛇口の近くで浮いていたゆずの一つが蛇口の下に入り込みました。そのゆずにぶつかった熱いお湯が数滴、空中に飛び散りました。その水滴に窓から差し込む夕日が当たり、一瞬、黄金色に輝きました。